「スクアーロー」
「なんだぁ?」


彼の部屋のドアを開けて名前を呼べば、椅子に座って何かを飲んでいた彼がこちらを振り向いた。あたしは広い部屋に足を踏み込んで中へと入り、スクアーロの近くに立つ。ノックくらいしろ、なんて言いながら怒っていないのがすこしおかしくて、ごめんね、と言ったら、別に怒ってねぇ、と返ってきた


「今日ね、あと三時間であたしの大好きなドラマの最終回なの」
「それがどうかしたのかぁ」
「でも、すごい、眠くて」
「寝りゃいいだろぉ」
「駄目なの、寝たら起きる自信ないもん」
「じゃあ頑張って起きてるんだな、」
「だからね、スクアーロ」
「あ゛ぁ?」


あたしは彼の腕を両手で掴んだ。スクアーロは、面倒ごとならごめんだぞって目であたしを見る。


「目が覚めるようなキスをしてほしいんです」
「……ハ、そんな頼みなら聞いてやらないでもないぜぇ」


口角を上げてスクアーロがあたしを抱き寄せた、あたしが目を閉じると彼のくちびるが触れる。ああ、やっぱりあたしこの人が好きだなあなんてちょっとだけ目をあけようと思ったらスクアーロの手があたしの視界を塞いでしまった。あたしの考えてることが見透かされたようで恥ずかしくなる、暇もなく、スクアーロの舌があたしのくちの中に入ってきて、あまりの熱にあたしはもう溶けてしまった、と思った



005 生きる心臓




「スクアーロー」
「なんだまた来たのかぁ?」


本日二度目、彼の部屋のドアを開けて名前を呼ぶ、と、今度は椅子に座って書類に目を通していた彼がこちらを振り向いた。あたしは広い部屋に足を踏み込んで中へと入り、スクアーロの近くに立つ。ノックしろって言ったじゃねぇかぁ、なんて言いながらやっぱり怒っていない、あたしもさっきと同じように、ごめんね、と言えば、別に、と返ってきた


「ねえ一緒にテレビ見ない?」
「てめぇさっきドラマはあと三時間後つったろが」
「ちがうちがう、あれ?いや、それは当ってるのか、えーと…今やってる他の番組のはなし」
「あ゛ぁ?」
「世にも奇妙なものがたり、を見てるのー」


あたしが言うと、スクアーロはくだらないとでも言いそうな(ていうか、実際、くだらないって思ってるだろうな、)顔でため息をひとつ吐いた。


「そんなモン一人で見てろぉ」
「一人じゃ心細いじゃない!いいでしょどうせ暇なんだからさ」
「う゛お゛ぉい!暇とか言うんじゃねぇ!」
「ねえ今日は一緒に寝てあげるからー」
「………………しょうがねぇ」
「あ、いいの?やったー!」
「その代わり約束は絶対だぜぇ」
「うん!ちゃんと寝てあげ、る、…あれ、寝るって、ちょっと、スクアーロまさか変な誤解してないよね?」
「誤解だぁ?俺の好きな意味で取ればいいんだろぉ」
「だ、だめだよあたしが伝えたい意味で取ってもらわないと」
「早く行くぞぉ、」
「ちょっと待ってまず誤解を解いてからじゃないと」
「約束したんだからもう変更はナシだ、」
「待って待って落ち着こうよほらここに戻ってきて座ってってば」


スクアーロはあたしの言葉を無視してズカズカと部屋を出て行く。それでもあたしは彼を引きとめようとしたけれど、彼がドアをくぐった瞬間にもうダメだと悟って、けれどやっぱりそれが受け入れられなくて、スクアーロのへんたいー!と部屋を出て行った彼に向かって叫んだ。その半ば悲鳴のような、何かに助けを乞うような声はスクアーロに聞こえたのか聞こえていないのか、開けられたままのドアからは、何も聞こえてこなかった。



005 生きる心臓




結局変な誤解はとかれないまま、あたしの部屋のテレビをスクアーロと二人で見ている。テレビの中では最近ちょっと売れているお笑い芸人が薄暗い部屋で悲鳴をあげていて、本楽ならあたしもその悲鳴にいちいちびっくりしながら怖い怖いと叫んで楽しむ予定だったけれどそれは残念ながら叶わなかった、


「………………」
「………………」
「…………………」
「…………………スクアーロ」
「…今度はなんだぁ」
「な、なななんでもない」
「なら呼ぶな」
「うんそうだよねごめん」
「………………」


ソファに座るあたしたち、お行儀よく左側で正面を向いて腰掛けるあたし。スクアーロはソファの右側でこっちを向いた姿勢で顔だけテレビに向け、長い足が邪魔なのか、足をあたしのひざの上にのせている、(ソファの前に机があったらそっちに足を乗せるんだろうけど、あいにくこの部屋にはそんなものはない)スクアーロが触れる部分が熱い、のはたぶん気のせいじゃない、うっすら汗をかいている。その長い足が少し動くたびに、あたしの心臓が跳ねた。あたしが横目で見遣れば、そんなことにはまったく気付いていない彼・スクアーロは案外真剣にテレビを見ている。



005 生きる心臓




「終わったぜぇ」
「そ、そうだね(うわあテレビの内容なんてぜんぜん頭に入んなかった)」
「じゃあ約束は果たせよぉ、」
「え、いや…一億歩譲って約束を果たすとしても、今から楽しみにしてたドラマの最終回が始まるんだけど」
「そんなもん俺は知らねぇ」
「…知らなくていいよ、いいけどあたしは見るよ」
「勝手にすりゃぁいい、」
「お、押し倒すな!あーもう後で約束果たすからドラマだけは見せてお願い!」


あたしが勢いで言った途端スクアーロは、言ったなコイツ、みたいな勝ち誇った笑みを浮かべるものだから、あたしもすぐにその言葉は過ちだったことに気付いた。なんて計算高いの馬鹿なくせに、と思ってスクアーロを睨んで、けれど彼はそんなもの痛くもかゆくもないようで、あたしはすごく悔しくて自分で自分を殴りたい気分になった(痛いからそんなことはしないけどね、)馬鹿なのはあたし、だなんて認めないんだから!スクアーロはあたしの上から退いて言う、


「約束だぜぇ
「スクアーロの馬鹿ー!」


今すぐここから逃げ出してボスに言いつければこの鮫もおとなしくなるんじゃないかなんて考えが頭をよぎったけど、ボスは今どっかで行われてる取引かなんかに行ってしまっているという事実を思い出して、すぐにその考えは無に帰した。ならば他のヴァリアー幹部はどうだろう、ベルもマーモンもルッスーリアも任務だ、ゴーラ・モスカはボスについていったし残るはレヴィ、だけどレヴィにこんな状況がどうにかできるはずはない(だってレヴィは興奮するだけで何も出来そうにない、)そう、あたしに逃げ場はないのだ



005 生きる心臓




「そういやぁ、」
「……………」


思い出したように言うスクアーロに、あたしはもう勘弁してと言う気力もなく、ぐったり、ソファに身を預けている。ああもう今日の夜はこの鮫と一緒に 寝る ことになってしまった、結局スクアーロ、あんたの思うままに事は運ばれるのね!そんなあたしを見下ろしながら、スクアーロは続けた、


「片付けなきゃなんねぇ書類があるんだったぜぇ」
「…あたしに言ったって手伝ってあげないわよ、」
「それを終わらせたら俺も疲れておとなしく寝ちまうだろう なぁ、
「え、…」
「明日やるつもりだったがお前が手伝うってんなら、今日やらないでもないぜぇ」
「…ドラマ終わってからでもいい?」
「ああ、」


思わず笑顔になるあたし、彼も笑って、あたしの髪に手を滑らせて、顔を近づける。心臓がドキドキしてるのが手に取るように分かる、聴覚の奥で響く音に照れているのかあたし、心音はますます速度を上げる。「心臓、」彼の口から発されたことばにドキリ、いちいち言わなくてもいいのに、馬鹿!あたしのせいじゃないんだから、と言い訳する前に、スクアーロがあたしのくちびるに彼のそれを重ね、



005 生きる心臓



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20070902 個人的にはヒロインちゃんに逃げ道を与えてくれる鮫さんが好き、お題 // by hazy